OSHIKATSU COLUMN

目黒蓮と原嘉孝の友情パワー|「はらめぐ」が教えてくれる、夢を追い続ける力

/ 掲載:OSHIKATSU

このコラムには筆者の感想・考察が含まれます。アーティストや所属事務所の公式見解ではありません。掲載情報について

この記事の概要

目黒蓮と原嘉孝、「はらめぐ」の友情を本人の発言から振り返ります。宇宙Six時代から「トリリオンゲーム」での再共演へ。悔しさや喜びを力に変え、それぞれの夢を追う二人の魅力を伝える8,000文字のコラムです。

原嘉孝(timelesz)のイラスト画像

情報確認日:2026年10月1日。本人インタビューと番組・舞台挨拶の記録を振り返るコラムです。友情の魅力についての記述には筆者の感想・考察を含みます。

「はらめぐ」の二人を見ると、なぜ胸が熱くなるのか

目黒蓮と原嘉孝。二人の名前が並ぶと、共演というニュース以上の温かさを感じる。目黒をSnow Manの活動やドラマで知った人も、原をtimeleszの活動から知った人も、二人が同じ場所で笑う姿をきっかけに、それまでの歩みをたどりたくなるのではないだろうか。

ファンに親しまれる「はらめぐ」という呼び方は、そんな二人へのまなざしを短い言葉にしたものだ。響きは柔らかいけれど、その背景にある時間は、明るい思い出だけでは語れない。同じ場所で夢を追い、違う道を進み、仕事の現場で再び向き合う。その積み重ねが、何気ないやり取りにも奥行きを与えている。

本稿では、本人インタビューや番組・舞台挨拶の記録から確認できるエピソードを紹介しながら、二人の「友情パワー」を考えていく。ここでいうパワーとは、何でも解決できる特別な力という意味ではない。相手の存在を思い出すことで、自分ももう一歩進みたくなる。そんな、人と人との間に生まれる力のことだ。

友人の活躍はうれしい。でも、自分の現在地と比べてしまう瞬間もある。二人が公の場で語ってきた言葉は、その複雑さまで含んでいる。だからこそ、遠い世界のスター同士の話でありながら、私たち自身の友情や仕事、諦めかけた夢にもつながってくる。

同期であり、宇宙Sixでともに活動した仲間

二人は事務所に入った同期で、ジュニア時代には宇宙Sixのメンバーとして活動をともにした。ORICON NEWSの2025年2月7日付インタビューでも、この共通の経歴と、その後に異なる道を歩んだことが紹介されている。二人の関係を知る入口として、まず押さえておきたい背景だ。

同期という言葉には、同じ時期に始めたという事実以上の響きがある。今ほど名前が知られていなかった頃を知る相手は、肩書きや出演作だけでは表せない自分を覚えている。二人が互いをどう記憶しているか、そのすべてを私たちが知ることはできない。それでも、現在の会話に過去から続く親しさを感じる理由は、そこにあるのだろう。

宇宙Six時代を見てきた人には、今の共演に重なる景色があるはずだ。一方、最近知った人にとっては、好きになった人の来た道を発見する楽しみになる。応援を始めた時期によって見え方が違うことも、この二人を語る面白さの一つだ。

昔から知っていることが、応援の深さを決めるわけではない。初めて見たやり取りが楽しくて、そこから過去の仕事に興味を持つ。それも立派な出会い方だ。二人の歴史は、新しいファンを遠ざける知識ではなく、今の魅力をより豊かに味わうための背景として受け取りたい。

エピソードの確認資料:ORICON NEWS・原嘉孝インタビュー(2025年2月7日)

違う道を歩くことと、関係が終わることは別

目黒はSnow Manとしてデビューし、原は俳優として経験を重ねた。いつも同じ看板の下にいたわけではない二人が、それぞれの場所で仕事を続け、再び一つの作品に参加する。その経緯を知ると、再共演には再会以上の意味を感じる。

私たちはつい、仲が良いならずっと一緒にいるはずだと考えてしまう。しかし、仕事の選択や巡ってくる機会が同じになるとは限らない。進学や就職で友人と離れることがあるように、同じ夢から出発した人たちにも、異なる道が広がっていく。距離ができたことだけで、その関係を終わりと決める必要はない。

むしろ、それぞれの場所で得たものを持って会えることには、独特の喜びがある。以前は知らなかった相手の強みが見えたり、昔からの良さが仕事の中で発揮されていたりする。二人の再共演を見つめるとき、私はその「離れていた時間にも意味がある」という感覚に心を動かされる。

歩みの違いをきれいな物語に整えすぎるべきではない。当時の迷いや負担まで外から分かったつもりになることはできない。それでも、同じ場所に戻る以外にも関係の続き方はある。その可能性を、公の場での二人の共演が見せてくれているように思う。

悔しさを言葉にした原嘉孝の率直さ

MBSが2025年2月18日に公開した『日曜日の初耳学』の振り返りでは、原が目黒のデビュー当時の複雑な感情を語ったことが紹介されている。応援する思いがある一方で悔しさもあり、出演ドラマを素直に見られない時期があったという。友情を考えるうえで、胸に残る告白だ。

相手を大切に思うことと、自分も同じ場所に立ちたいと願うことは、心の中で同時に起こり得る。近くにいた人の成功ほど、自分との距離を強く感じさせることもあるだろう。そんな感情を持っただけで、友情が偽物になるわけではない。

原の率直な振り返りには、きれいな言葉だけに整えない強さを感じる。悔しかった過去を語るのは、簡単なことではないはずだ。印象よく受け取られる話だけを選ぶこともできる中で、複雑だった自分の側を説明する。その姿勢が、現在の関係を語る言葉にも説得力を与えていると思う。

同じように友人と自分を比べてしまう人が、この話に救われることもあるかもしれない。すぐに心から祝福できない日があっても、その一日だけで自分を決めつけなくてよい。感情に名前をつけて見つめ直し、次にどう向き合うかを考える余地は残っている。

エピソードの確認資料:MBS「日曜日の初耳学」復習編(2025年2月18日)

脱出島で広がった、二人を一緒に見る楽しさ

2023年3月27日放送の『アイ・アム・冒険少年』では、二人が「脱出島」に挑戦した。放送前のMANTANWEBの記事は、目黒が原の服装やたくましい腕に触れながら、その個性を視聴者に知ってほしいという趣旨のコメントを紹介している。親しい相手の面白さを伝えようとする言葉が印象的だ。

作品の役を演じる場とは違い、バラエティーには、その場の状況への反応や会話を楽しむ面がある。ドラマで見ていた人の意外な表情に出会ったり、一緒にいる相手によって言葉の調子が変わって見えたりする。二人を知る入口がこの番組だったという人にも、思い出に残る共演だろう。

ただし、楽しい放送の印象だけで、その時期の心情のすべてが分かるわけではない。原が後のインタビューで複雑な思いを振り返ったことも含めて読むと、人はさまざまな感情を抱えながら仕事をするのだと分かる。明るく見えた瞬間と、内側にあった葛藤は、両方あってよい。

そのうえで、友人の個性を自分の言葉で紹介する行為には温かさがある。肩書きだけを並べるより、その人ならではの面白さに触れる方が、初めて見る人には伝わりやすい。「この人にも注目してほしい」という気持ちが、新しい出会いを生む場面として味わいたい。

エピソードの確認資料:MANTANWEB「目黒蓮:同期・原嘉孝と“はらめぐ”コンビで脱出島」(2023年3月27日)

『トリリオンゲーム』で重なった二人の仕事

2023年のドラマ『トリリオンゲーム』では、目黒が主人公のハルこと天王寺陽、原がゲームクリエイターの桜心護を演じた。二人のドラマ共演は『お兄ちゃん、ガチャ』以来、約8年ぶりと報じられている。長い時間を経て、同じ作品の中に二人の名前が並んだ。

ここで楽しみたいのは、本人同士の友情と、役として作る関係を重ねたり、分けたりする見方だ。私生活での親しさを知っているから感じられる喜びはある。同時に、画面の中では目黒と原ではなく、ハルと桜として物語を動かしている。その切り替わりを見られることも、俳優としての共演の魅力になる。

なお、作品の中心となるハルとガクのバディでは、ガクを佐野勇斗が演じている。「はらめぐ」の関係に注目するときも、作品全体の役割を取り違えずに楽しみたい。共演者それぞれの表現があって、その中に二人の共演といううれしさが加わっている。

友情を知って作品を見ると、つい二人が同時に映る場面を探したくなる。それも一つの楽しみ方だが、原の演じる人物が何を大切にしているか、目黒の役が場面をどう動かすかにも目を向けたい。関係性から入った興味が、演技そのものへの関心に変わると、作品を味わう時間はもっと豊かになる。

エピソードの確認資料:TBS「トリリオンゲーム」公式キャスト情報/ORICON NEWS・原嘉孝インタビュー(2025年2月7日)

予告を待つ時間まで共有したエピソード

クランクイン!トレンドの2025年2月7日付インタビューでは、原がドラマへの登場を告げる予告放送の際、目黒と連絡を取り合っていたと振り返っている。二人は視聴者の反応を楽しみにしており、「はらめぐ」がトレンドになった喜びも分かち合ったという。これは原が語った当時のエピソードとして受け止めたい。

大きな仕事が決まった瞬間だけでなく、それが人に届く直前の時間を共有する。そこに、この話ならではの温かさがある。自分の出番を待つ緊張や期待を分かち合える人がいて、その人も同じ画面の中にいる。仕事の成果が外に届く瞬間を一緒に迎えられるのは、特別な経験だろう。

誰かの喜びに立ち会う方法は、大げさな祝福ばかりではない。発表の時間を覚えている、始まる前に一言送る、届いた反応を一緒に喜ぶ。そうした小さな行動の方が、後から鮮やかに思い出されることもある。二人の話は、日常の友情にもつながる具体的な場面を想像させてくれる。

だからこそ、当時の言葉を紹介するだけでも十分に心が動く。そこへ未公開の会話を付け足したり、連絡頻度を推測したりする必要はない。本人が差し出してくれた思い出の範囲に、二人で喜ぶ楽しさが確かにある。

エピソードの確認資料:クランクイン!トレンド・原嘉孝インタビュー(2025年2月7日)

再共演を、その先へ進むための一歩にする

原は『トリリオンゲーム』での共演を、そこで終わる到達点とは捉えていなかった。ORICON NEWSのインタビューでは「通過点」と表現し、さらに成長して目黒と共演したいという思いを語っている。再会を喜びながらも、仕事人としての視線は先に向いていた。

この言葉が魅力的なのは、親しさに甘えて満足しない意志が感じられるからだ。仲の良い二人が同じ作品に出た。それだけでもファンにはうれしい。しかし、演じる側が目指すのは、それぞれの力で作品に必要とされることでもあるだろう。次も見たいと思われる仕事をすることが、また会う未来につながる。

友情には、安心できる側面と、背筋を伸ばしたくなる側面がある。昔の自分を知っているからこそ、成長した姿を見せたい。相手が新しいことに挑戦しているから、自分も今のままではいたくない。二人の言葉を読むと、そうした前向きな緊張感が浮かんでくる。

ファンとしても、共演したという事実だけで物語を完結させたくない。原の次の演技、目黒の次の役、それぞれが別の現場で積み重ねる仕事まで楽しみにできる。それが、二人を一緒に応援する喜びを長く続けてくれるのだと思う。

エピソードの確認資料:ORICON NEWS・原嘉孝インタビュー(2025年2月7日)

映画の舞台挨拶で見えた、助け舟と軽やかさ

2025年1月14日、劇場版『トリリオンゲーム』の完成披露舞台挨拶では、緊張する原を目黒がフォローするやり取りが報じられた。原が共演への感慨を語り、目黒がツッコミを入れる。作品紹介の場に、二人の親しさが自然ににじんだ場面だった。

こうしたやり取りに惹かれるのは、感動的な話だけで終わらないからだ。長い歩みを知れば胸が熱くなる一方で、目の前の会話には笑える軽さがある。ずっと深刻な顔で絆を語らなくても、気兼ねのない一言から関係が伝わる。その振れ幅が「はらめぐ」の面白さだと思う。

誰かを助けるとき、代わりに全部話してしまう方法もある。でも、相手が話す余地を残しながら場を和らげる助け方もある。舞台挨拶の報道を読むと、私は後者の心地よさを感じる。原の言葉があり、目黒の反応があり、その往復を観客が楽しめるからだ。

もちろん、一つのイベントから普段の役割分担を固定することはできない。いつも片方が助け、片方が助けられると決めつけるより、その日に見られた二人の会話を味わいたい。仕事の緊張を含めて笑いに変えられる一場面が、見る側にも温かい余韻を残してくれる。

エピソードの確認資料:ORICON NEWS・劇場版「トリリオンゲーム」完成披露舞台挨拶の取材記事(2025年1月14日)

原の新しい挑戦を喜ぶ目黒の言葉

2025年2月23日の映画の舞台挨拶では、原のtimelesz加入を受けた目黒の言葉が紹介された。原を知る人が増えることを喜び、それが自分の夢の一つでもあったという趣旨の発言だった。友人の新しい機会を、自分にとってもうれしい出来事として語った場面だ。

誰かが注目を集めるとき、その人の存在を以前から知っていた友人には、特有の喜びがあるのかもしれない。良さを知っている相手が、より多くの人に届く。その楽しみは、自分が褒められる喜びとはまた違う。目黒の発言からは、そうした喜びのあり方を考えさせられる。

ただし、原の歩みを目黒の友情だけで説明するのは違うだろう。新しい場所へ向かうために挑戦したのは原自身であり、その表現を受け取った人たちがいる。目黒の言葉は、その主体性を奪うものとしてではなく、原の道を喜ぶ友人の声として読みたい。

二人の関係を応援するときには、どちらも自分の人生を進めているという視点を忘れずにいたい。そのうえで相手の成功をうれしく思う。独立した二つの歩みがあるからこそ、節目で交わされる言葉にも、互いを尊重する温かさが宿るのだと思う。

エピソードの確認資料:ORICON NEWS・劇場版「トリリオンゲーム」大阪舞台挨拶の取材記事(2025年2月23日)

目黒蓮の魅力を、原嘉孝を通して知る

目黒をドラマの役から知った人にとって、原とのやり取りは別の表情に触れる入口になる。役の中の緊張感やステージでの印象とは違う、友人の話に反応する姿。そうした場面を知ると、一人の表現者を好きになる楽しみが広がる。

もちろん、公の場で見られる姿が、その人のすべてではない。それでも、共演者や友人との会話を通して見えてくる面はある。原への反応を面白がりながら、目黒の言葉の選び方や間の取り方に注目する。それは、役柄とは異なる魅力を発見する見方だ。

また、友人の仕事を喜ぶ言葉は、本人の目標のあり方にも想像を広げてくれる。自分一人の出演作や実績だけでなく、近しい人に機会が増えることもうれしい。そんな発言に触れると、仕事の喜びは個人の内側だけに収まるものではないのだと感じる。

誰かの魅力を知るうえで、関係性は有効な窓になる。ただ、その窓から見えた印象を、性格のすべてとして断言しないでおきたい。あの場面の反応が好きだった、あの言葉が温かかった。具体的な感想を大切にする方が、目黒の新しい表情にも柔軟に出会えるはずだ。

原嘉孝を「目黒の友人」から、その先へ知る

二人の友情をきっかけに原を知ることは、すてきな入口だ。その先で、原自身の演技や言葉、ステージでの表現に興味が広がれば、楽しみはさらに増える。誰かとの関係から始まった応援が、一人の表現者への応援に育っていくことがある。

原のインタビューを読む面白さは、考えが一色ではないところにもある。うれしさだけでなく悔しさに触れ、過去の共演を喜びながら次の成長を望む。明るい場面だけでは伝わらない仕事への姿勢を、自分の言葉で示しているところに惹かれる。

演技を見るなら、友情のエピソードをいったん脇に置き、役の目的や行動に注目する楽しみ方もある。どの言葉で気持ちが変わるのか、相手のせりふをどう受けるのか。本人の素顔を探すだけでなく、人物を作る仕事として見ると、別の魅力に気づけるだろう。

「はらめぐ」が好きだから原を見る。そして原の仕事が好きになって、また二人の共演が楽しみになる。そんな応援の広がり方があってよい。友情を大切に語ることと、それぞれを一人の表現者として見ることは、同時にできるはずだ。

二人の友情を、勝ち負けの物語にしない

歩みが違う二人を並べると、どちらが先に成功したか、どちらが有名かという比較に話が向かうことがある。しかし、その見方だけでは、二人が仕事の中で積み重ねてきた経験や、互いについて語った言葉が小さくなってしまう。

俳優としての役との出会い、グループでの表現、観客との関わり。それぞれの仕事には異なる手応えがあり、一つの数字で並べられるものばかりではない。二人を応援する楽しみまで競争の表に変えてしまう必要はないだろう。

相手に刺激を受けることと、外から優劣を決めつけることにも違いがある。本人が成長の目標として相手を意識するのは、その人自身の言葉だ。見る側が一方を持ち上げるために他方を下げれば、せっかくの敬意が別の意味に変わってしまう。

友情の魅力は、同じ評価を得ているから続くものではないところにあると思う。違う経験や立場を持ちながら、相手の仕事に関心を寄せられる。二人のエピソードを語るなら、その豊かさを残したい。比較で盛り上がるより、それぞれの好きな場面を語る方が、応援する時間はきっと楽しい。

過去を知る楽しみと、今を見る楽しみ

二人のことを知ると、昔の出演情報やインタビューをさかのぼりたくなる。過去の記事を読むときは、いつの発言かを確かめると理解しやすい。同じ言葉でも、再共演が決まる前と、その経験を経た後では、背景が異なるからだ。

とくに、悔しさを語った箇所だけを切り取ると、その後にどのように向き合おうとしたのかが見えなくなる。反対に、明るい場面だけを集めれば、変化してきた過程が薄れてしまう。できるだけ前後の話を併せて読むことで、言葉の立体感を保てる。

また、過去に好きだった姿を、現在も必ず再現してほしいと求めすぎないことも大切だと思う。年齢や仕事が変われば、表現や会話の仕方にも新しい面が出てくる。昔と違うことは、すぐに距離ができた証拠になるわけではない。変化そのものを楽しめる余地も持っておきたい。

思い出は、現在の二人を閉じ込めるためのものではないはずだ。あの頃の場面が好きだと思いながら、今の仕事にも出会い直す。そうして応援を続ければ、過去の共演にも新しい意味が見えてくる。知っているはずの二人を、何度でも新鮮に好きになれるのだと思う。

次の共演を待つ時間にも、楽しみはある

また同じドラマに出てほしい。二人で歌う姿も見てみたい。バラエティーで気兼ねなく話してほしい。友情を知れば、さまざまな共演への期待が膨らむ。ただし、それらはファンとしての願いであり、本稿が新たな出演決定を伝えるものではない。

待っている間にも、楽しめることはある。それぞれの作品に触れ、好きな演技や表現を見つけることだ。次に同じ現場に立つ機会があれば、別々の場所で積み重ねてきたものが、どんな形で表れるだろう。そう考えると、個々の活動を見る時間も、未来の共演への楽しみにつながる。

共演の回数だけで関係の深さを測る必要もない。仕事の予定は、本人同士の希望だけで決まるものではないだろう。しばらく同じ画面に映らなくても、そこから私生活の関係を推測せず、それぞれが届けるものを受け取っていればよい。

そして、また二人が並ぶ日が来たら、その時ならではの姿を楽しみたい。昔と同じやり取りをするのか、新しい表情を見せるのか。予定を決めつけずに期待を持つことはできる。未来を先回りして完成させない方が、実際に出会えた瞬間の喜びも大きくなるはずだ。

「友情パワー」は、自分の一歩を進める力

目黒蓮と原嘉孝のエピソードをたどると、友情にはいくつもの働きがあると感じる。一緒に笑えること。相手の機会を喜べること。悔しさから自分の望みを知ること。そして、もう少し成長して会いたいと思えること。そのどれもが、人を前へ向かわせる力になり得る。

二人を見て心が温かくなるのは、完璧な友情の見本だからではないだろう。異なる歩みや複雑な気持ちを含みながら、仕事の場で言葉を交わしてきた。その姿に、私たちにも思い当たる人間関係の手触りがあるからだと思う。

忙しくて連絡できていない友人、違う職場で頑張る同期、昔一緒に夢を語った仲間。二人の話を読んで誰かの顔が浮かんだなら、近況を尋ねる一言を送ってみるのもよいかもしれない。すぐに大きな話をする必要はない。相手の今に関心を寄せるところから、会話はまた始められる。

「はらめぐ」を応援する喜びは、二人が一緒にいる瞬間だけにとどまらない。それぞれが進む姿を見て、自分も今日の一歩を踏み出したくなる。その勇気まで受け取れるところに、目黒蓮と原嘉孝の友情パワーがある。次に届けられる二人の仕事を、温かい期待とともに見つめていきたい。

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